ミュージシャンが筆記具を使うのはどういうタイミングでしょうか?何度かこのコラムでご紹介しましたが、それは譜面を書いたり、修正したりする時です。レコーディングやリハーサルをするスタジオでは、演奏をしながら、「ここは8分休符いれて」とか「やっぱりここのコードはAm7にしよう。北はセブンスに行って」というような変更や修正が常に発生します。そういった変更に対応するため、スタジオには消しゴム付の鉛筆が置いてあることがほとんどです。
ほとんどの現場でえんぴつが置いてくれてあることを知ってか知らずか、ミュージシャンには筆記具を持ち歩かず必要になったらその場で借りる人、あるいはペン一本だけとりあえずかばんに突っ込んでおく人、筆記具にはとくにこだわらない人が多いように感じます。音楽の現場にいると、筆箱を所有し筆記具を持ち運ぶこと自体が、必要だからというよりはいくらか趣味的な側面があるように感じます。
僕も基本的にはミュージシャンですから、筆箱に入れて持ち運ぶほどの量の筆記具が「本当に必要か?」と問われると答えに困ってしまうことは事実です。実際にリハーサル現場や本番楽屋で必要なのは、鉛筆あるいは色ペンぐらいなものですから。
しかしバンド内マネージャーも務める僕は、ステージに立って歌っている時以外は、調整!調整!調整!の毎日。電話の内容をメモ、変更されたスケジュールを手帳に転記、各メンバーへ確認するためのチェックリストの作成、新規プロジェクト案のレジュメに修正を入れる等々、譜面以外の場所に何かを書き記すことが思いのほか多いのです。

どんな瞬間でも、楽しく過ごしたい。だから僕は自分の気に入ったペンや万年筆を筆箱に入れて持ち運びます。お気に入りのペンの中から、この案件はどれで書こうか迷うのを楽しむ、あるいはこのシャーペンすごいんだぜ!と会話のきっかけにする。自分の好きなものの話をしている瞬間の人って、とても楽しそうですよね。だから自分が好きなものを持ち運んで、自分からまず楽しくする。
ツライ、キビシイ、社会の中で生きていく上で誰もが経験することでしょう。もちろんINSPiにもそういう時が何度もありましたし、これからも訪れるかもしれません。INSPiとして16年ステージに立ち続け、これからも立とうと思えるのは、ツラサ、キビシサ以上の喜びがあるから。自画自賛を承知で正直な言葉を選ぶと、INSPiが好きだという素敵な感情がステージからも客席からも、何度も何度も繰り返し生まれることを知っているからです。
お気に入りのペンのように、INSPiが聴く人のそばで喜びのきっかけになれたら。そう願いながら、今日も手帳に自慢のペンが走ります。

アカペラグループ「INSPi(インスピ)」のVocal担当。文房具好き。出身地である静岡県磐田の「いわた茶PR大使」を務める。 / INSPi:2001年フジテレビ「ハモネプ」出演がきっかけとなりメジャーデビュー。2005年2月より日立CMソング「この木なんの木」を担当。