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1冊のノートが人生を変える…奇跡の「よせがきノート」の秘密を訪ねて

 サラリーマンの聖地と言われる新橋。故郷の香りを求めて大人たちが集う居酒屋があります。お店の名前は「有薫酒蔵」。その魅力を取材しました。

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すべて手作業で完成する「よせがきノート」
  • すべて手作業で完成する「よせがきノート」
  • 「有薫酒蔵・新橋店」店内
  • 「有薫酒蔵・新橋店」女将の松永洋子さん
  • 「有薫酒蔵・新橋店」店内
  • 2018年10月8日に開催された「3,000冊を祝う会」パンフレット(一部)
  • 「有薫酒蔵・新橋店」店内
  • すべて手作業で完成する「よせがきノート」
  • 「有薫酒蔵・新橋店」女将の松永洋子さん
 サラリーマンの聖地と言われる新橋。駅徒歩数分のビルの地下に、故郷の香りを求めて大人たちが集う居酒屋があります。

 お店の名前は「新橋有薫酒蔵」。九州から直送される新鮮な食材を使った料理が人気の居酒屋です。そしてもう1つ、新橋の大人たちをひきつける秘密がありました。その秘密とは…!?

壁一面を埋め尽くす3,000冊のノート



 創業40年。上質な屋久杉を使用した重厚なカウンターが鎮座する純日本風の居酒屋。一歩足を踏み入れるとズラリと並ぶ、黒い背表紙のファイルに目を奪われます。「久留米大学付設高等学校」「福岡県立修猷館高等学校」「徳島県立富岡西高等学校」……。背表紙には、ひとつひとつ丁寧に学校名が印字されています。

所狭しと並ぶ、圧巻のノート

 1から3,178番まで(2018年10月11日現在)、全国5,000校近くある高校の、実に6割以上の高校の「よせがきノート」が、この居酒屋に並んでいるとのこと。このノート見たさに訪れるお客様が後を絶ちません。

 「よせがきノート」が始まったのは今から30年前。取材の数日前、10月8日には30周年3,000校を祝う会が、新橋の第一ホテル東京で盛大に行われたばかり。会場には3,000冊のノートが並べられ、350名の参加者が集まったと言います。

 使われているノートは、Campusノート(コクヨ)。青いファイル(レバーファイル・フ-301NB(コクヨ))に丁寧に綴じられています。これはinspi編集部としては見逃せない!

 「よせがきノート」を始めたきっかけは?目的は?…募る疑問を「新橋有薫酒蔵」の女将である松永洋子さんにお聞きしました。

--そもそも「よせがきノート」が始まったきっかけは何だったのですか?

 始めようと思って始めたわけではないんですよ。開店当初から毎日のように通ってくださるお客様に福岡出身の隈正之輔さんという方がいらっしゃって、その方がとても人気者でね。「隈さんと話したい」というお客様がいつも2、3人、カウンターで順番を待っているような状態だったんです。

 それがあまりにも長く続いて、隈さんが「来た人の名前でも書いておこうか」とおっしゃったことがきっかけで、ノートを置くようになりました

「有薫酒蔵・新橋店」女将の松永洋子さん

伝言ノートから高校別「よせがきノート」に



--最初からCampusノートを使われていたのですか?

 いえ。まさかこんなに続くと思わなかったので、当時は銀座の伊東屋さんで、大層な装丁の高級ノートを買っていました。最初はひっそりと、名前とか、伝言とか簡単なコメントを書いてもらっていたのですが、そのうち皆が面白がって書くようになり、いつも間にか「ここに来たらまずノートを書かなきゃ始まらない」という感じになりました

--最初は普通の伝言ノートだったのですね。それが高校ごとのよせがきノートになっていった経緯は?

 最初のノートがあまりに立派で、背表紙もしっかりしていたから、隈さんが出身校の学校名を書いたのです。隈さんは「久留米大学付設高等学校」の1回生。孫正義さんやホリエモンさんも卒業した進学校なんですよ。

 背表紙の学校名を見た同窓生がノートに書くようになって、そのうち「あの学校があるのにどうしてうちの学校がないんだ!」というライバル校出身のお客様も出てきて、少しずつ学校が増えていきました

 数が増えていくと、いよいよ毎回高級ノートを使うのが負担になってきて(笑)、もっと手頃な価格のノートを探すことにしました。

 ページ数も少なすぎず、多すぎず、罫も1センチくらいのゆったりしたものがいい。伊東屋さんでCampusノートを見たときに「あ、これだ」と思ったんです。私も学生のときはずっとCampusノートを使っていましたから、ノートといえばCampusというイメージもあって、懐かしく感じたのを覚えています。

 私の故郷で、岩国高校の後輩が大きな文房具店を経営しているので、ずっとそこから100冊単位でノートを注文しています。

背表紙をつけて、ノートの表紙も学校ごとオリジナルに編集…すべて女将の手作業でノートが完成

--使用されているファイルにもこだわりがおありですか?

 はい。ノートだけだと背表紙がつけられず、内容を読まないと学校名がわからないですし、1校あたり複数冊に増えていくと、ファイルにまとめて綴じたほうが保管しやすいのです。ただ、ノートに合う幅広のB5ファイルがなかなかないんですよね。納得のいくものが見つかるまで文房具店の後輩が、A4サイズのファイルのフチを切って、わざわざB5サイズにしてくれたこともありました

--これほどまでに手の込んだ作業を経て、ノートが完成するとは!

100冊目から全国区に



--今、ノートが3,000冊を超えていますが、100冊、1,000冊など節目のことを覚えていますか?

 ノートの管理がめんどくさかったので、はじめは目立たないところに横積みにして、知っている人だけ手に取って見たり、書き込んだりしていたんです。だから、最初はなかなか増えませんでしたね。

 あるお客様から冗談半分に「100冊目には、自分の高校のノートを作るよ」と言われていたのですが、それまでに10年以上経っていました。いよいよ100冊目になるときに、そのお客様に連絡したら、ご友人も連れて来てくださって、お約束のとおり、ご出身の麻布高等学校のノートをお作りになりました。

 お連れのご友人も、それぞれフェリス女学院高等学校、慶應義塾高等学校のノートを作られました。100番、101番、102番と、急にきらびやかな東京の高校が加わって。このときからですね、ノートが全国区になったのは。それまでは、主人が九州出身で郷土料理を提供するお店ですし、冒頭ご紹介した隈さんも九州の方なので、自然と九州の高校ばかりだったのです。

「女将さん、ありがとうね」の言葉が「よせがきノート」の原動力

やめようと思った日に訪れた、運命のお客様



--管理が大変とおっしゃいますが、やめようと思ったことはないのですか?

 ありますよ。でも「女将さん、ありがとう」「ノートを見ることができて、今日は嬉しかったよ」と言ってくださるお客様がおられると、私も嬉しくて、続けなきゃと思ってしまいます。「やめないで」と言われるよりも、感謝の言葉のほうが効き目がありますね。

 それでも、500冊目になったときは、本当にやめようと思ったのです。このままだとずるずる続いてしまうと思ったから、周囲の人にも「もう今日でやめるからね」と宣言までしていました。

 ところがその日に、30代半ばくらいのバックパックを背負った1人の男性がやってきたのです。カウンターで静かにノートを読んでおられたのですが、帰り際にその人が言ったんです。「あなたが女将さんですか。私は学校を出てからずっと東京でがんばってきました。でもうまくいかなくて、明日田舎に帰ろうと思っていたのです。友達にすすめられてここに立ち寄ったのですが…。ノートを見て、もう1回東京でがんばってみようと決心がつきました」と。

 そのときに、たった300円のノートが、人の心をここまで動かすものかと、目が覚めるような気持ちになりましたね。

 そしてもう1つ。ちょうど同じ日の閉店間際に、白髪の男性がふらりとやってきて、ずっと棚を見てノートを探していらっしゃいました。ご高齢でしたから「何かお手伝いしましょうか」と声をかけたのですが、「いらん!」とぴしゃりと言われて。気になりながらも離れて見ていたら、自分の母校のノートを見つけられたのでしょうね。さっきまでの仏頂面が、ぱあっと少年の顔になって「…あった!」と声を出されて。それを見た瞬間、もうやめられないと思いました。

 この2人のお客様がなければ、私はあの日、ノートをやめていたでしょうね。きっとあの2人は、神様が「やめないほうがいいよ」と言うために差し向けてくださったお客様なのだと思っています。

ノートに手書きするからこそ伝わる気持ち



--ノートは、その高校の卒業生しか書けない、見られないルールなのですね。ほかにもルールがあるのですか?

 必ず名刺を貼ることです。酔った勢いで、とんでもないことを書いて、翌日に恥ずかしくなって「あのページ、破ってくれ」とご連絡がくることもあったんですよ。名刺を貼ることで理性を保ちながら書く方が増え、ノートがきれいになりました。

 名刺を貼ることでもう1つよかったのは、名刺で昔の友達を見つけて連絡し、久しぶりに再会したとか、同窓生どうしで交流が始まったとか、そういう報告を聞けることですね。

--スマホやタブレットで文字をデジタル入力することが当たり前の今、ノートに手書きするということはどういう意味があると思いますか?

 以前、ある大企業の経営者をされているお客様がいらして、ノートを作りたいとお申し出になり、スマホで漢字を調べながら一生懸命書かれました。2時間もかかって、額に汗を浮かべながら、最後はスーツの上着も脱ぐほど熱を入れて書いておられましたが、聞けば、手紙といえば秘書が書いてくれているので、もう何十年も自分の手で手紙を書いたことがなかったとか。

 いかに自分が何もしないで生きてきたか、お手伝いされている方のありがたみを痛感されたと言っておられました。めんどくさいと感じることもありますが、自分の手で言葉を書くことの大切さや温かさは、書いてみてはじめて気づくことなのです

 パソコンの文字はきれいで見やすいですが、何も伝わってこない。でも「よせがきノート」はページを開いたとき、なぐり書きの、お世辞にも上手いとは言えないような文字が(笑)、なんともいえず人の心を打つんですよね。見ただけでほっとする。これは人間だけができることです。どんなに時代が進んでもね。

郷愁感じるノートの棚に囲まれて、郷土料理を味わう、温かみある店内

1冊のノートが、ここまで人々の心を結びつけるとは思わなかった



--今後、ノートはどうなっていくと思いますか?

 目下の悩みは、「収納するスペースがない」ということですね(笑)。最初はお店の隅に並べていたのですが、どんどんノートが増えて、キープボトルを置いていた棚を、1つ、また1つとノート用の棚に変えていきました。ついにはその棚もいっぱいになって、テーブル席も2つつぶして棚を新設したんですよ。主人に「これ以上席はつぶさないでくれ」と言われています(笑)。

 それでもお店の奥にあと少しスペースを作れそうなので、新たに棚を作ろうと思っています。その棚がいっぱいになったら、また先のことを考えようを思います。

 先日の「3,000冊を祝う会」にはたくさんの方にお越しいただきました。まさか「よせがきノート」がここまで多くの人の心を結びつけるとは思いませんでした。「このノートは文化財だ」とまで言ってくださる方もいて、本当に嬉しい限りですね。

 これからは、ときどきお店で「ノートを読んで、書く会」を開いてもいいかなと思っています。ノートを通して、皆さんに夢を与えることができれば幸せですね。

--ノートの無限の可能性を知れた貴重な時間でした。本日はありがとうございました!

 筆者も田舎から東京に出てきたクチ。あんな田舎に帰るものかと思って出てきて数十年。それなのに、母校のノートがあるかも、と思うと探さずにはいられない。この気持ち、なぜでしょうね。

 今年74歳になられるという女将さんは、お客様に「○○高校のノートはある?」と聞かれたら95%の確率で即答できるのだとか。私の母校もちゃんとありました。ぱらぱらとめくってみたら、なんと同級生も数名。久しぶりに会ってみたくなりました。
《石井栄子》

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